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広島高等裁判所 昭和27年(ネ)63号 判決

控訴人 富田保一

被控訴人 岩尾菊太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人は山口県知事の許可ありたるときは控訴人から金一万七千二百七十一円を受取ると同時に控訴人に対し別紙〈省略〉第一目録記載の畑四筆につき売買に因る所有権移転登記手続をしなければならない。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は控訴代理人において別紙第一目録記載の畑四筆を控訴人が財産税、取得税を支払つた時は控訴人に所有権を返還しその所有権移転登記手続をなす旨の約定をした際税額は判明していなかつたので後に被控訴人が調査しこれが判明次第控訴人に申出ることを約したが差し当り三万円位の見当だと云う話であつた。其の後確定した税額の通知がないので昭和二十一年六月末頃控訴人は一応三万円を調達して被控訴人方へ持参提供したところ意外にも税額は三万五千円であると言い出し更に一、二日後三万五千円を持参提供したところ今度は四万円でなければ受取らぬと言うので控訴人としては被控訴人の真意を測りかねこれが措置に窮した末同年八月二十七日円満解決方困難の見透しをつけ山口市小河虎彦弁護士に対し山口地方裁判所船木支部に不動産返還請求訴訟の提起方を一任するに至つた。然るに被控訴人は税額の調査もせず突如昭和二十三年三月十三日附内容証明郵便を以て控訴人に対し右税額三万円を同月末日迄に支払へ若し不払の時は被控訴人において自由に該不動産を処分する旨の通告をしてきた。然しながら右催告は控訴人がそれ迄数度にわたり税額を知らせてくれと要請したに拘らず被控訴人において何等の調査もせず漫然三万円を要求し来つたものであり、後日控訴人の調査によれば財産税額一万六千二百六十三円十銭取得税千七円九十二銭以上合計一万七千二百七十一円四銭なることが判明したから該催告は過当で無効である。仮りに然らずとするも前述のように既に昭和二十一年六月末頃被控訴人の要求通り三万円を提供したのに拒絶して受領遅滞しているから該催告は無効である。仮に然らずとするも当時は当事間者に本件不動産所有権の帰属をめぐつて裁判所で係属中であり且つその以前右税額を被控訴人が一方的に三万五千円、四万円とせり上げてきた経緯に鑑みても控訴人に該催告の履行を期待することは甚しく条理に反し該催告を根拠にして控訴人が履行しなかつたことにより本件四筆の畑の返還を拒絶し自己の所有権を主張することは信義誠実を無視した権利行使である。然らば正確な財産税、取得税の支払と引換に本件四筆の畑を控訴人に返還すると云う当初の契約は今日までその効力を存続している。而して本件畑四筆は農地でありその所有権移転手続には山口県知事の許可を必要とするから右許可を条件として前記契約に基き本件請求に及ぶと陳述し、被控訴代理人において本件畑四筆返還の契約当時財産税が不明であつたので被控訴人の財産税(別紙第一、二、三目録記載の不動産が被控訴人の所有となつたため増加した部分)と取得税を併せて概算し金三万円と予定しこれを速かに仮払すれば本件畑四筆の所有権を控訴人返還しその所有権移転登記手続をなし後日右財産税が判明次第清算すること、若しこれを支払わない場合は本件畑の所有権は控訴人に返還しないことを約した。従てその後被控訴人は控訴人に対し右金員の支払方を屡々請求したがその支払を拒んだから最後的に控訴人に対し昭和二十三年三月十三日書留内容証明郵便を以て財産税、取得税合計三万円を同月末日迄に支払うべき旨通知を発し右は遅くも翌十四日に控訴人に到達したに拘らず控訴人は支払をしないから控訴人の本件畑地の所有権返還請求権は消滅に帰した。仮りに右請求権が消滅しないとするも被控訴人は本訴で本件畑地返還の契約解除の意思表示をする。本件畑地が農地であり所有権の移転や譲渡価格が統制されて居りその価格が低廉である関係上控訴人は殊更多額である財産税等を対価とした契約を結んだもので、控訴人はその履行を遅延している間に自ら耕作権を主張し自作農創設特別措置法に基いて政府に買収させこれを低廉な価格で取得せんと策動したものである。尚被控訴人が一方的に税額を三万五千円や四万円にせりあげた事実は全然なく却て被控訴人が控訴人に対し税額支払方の請求をしたことは前述の通りであり前記催告は本件不動産の帰属についての訴訟が裁判所に係属する以前のことであると述べた外は何れも原判決事実摘示と同一なのでこゝにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴人が昭和十七年十二月三十日別紙第一、二、三目録記載の畑、宅地及び建物を担保として被控訴人から金二万九千円を弁済期は昭和十八年五月三十日の約定で借受けたこと、右弁済期に至るも控訴人が右債務の弁済をしなかつた等の事情により同年十月一日右各不動産の所有権を被控訴人に移転しその所有権移転登記をなしたこと、その後控訴人が右各不動産を被控訴人から買戻すこととなり控訴人が被控訴人に対し右買戻代金等として合計金六万五千円を支払い被控訴人は昭和二十一年六月二十四日右各不動産中別紙第二第三目録記載の宅地と建物を控訴人に返還しその後その所有権移転登記手続を了したことは当事者間に争がない。更に右買戻契約に際し右当事者間において右各不動産に対する財産税(被控訴人の所有になつた為被控訴人に課せられた部分)及び取得税(被控訴人名義に移転した為に被控訴人に課せられた税金)はすべて控訴人の負担とし控訴人においてこれを被控訴人に対し支払うときは本件各不動産の残りである別紙第一目録記載の畑四筆を返還し被控訴人から控訴人にその所有名義を移す旨の約定が成立したことは当事者間に争がないが、此の点につき控訴人は当時前記税額が判明していなかつたので後で被控訴人が調査してこれが判明次第控訴人に申出ると云う約であつたと主張し、被控訴人は右税額は不明であつたが概算して金三万円と予定しこれを仮払すれば所有権を返還しその所有権移転登記手続をなし後日税額確定後清算すること、これを支払わない場合は控訴人の被控訴人に対する本件畑四筆の所有権を移転しないことゝする旨の約であつたと抗争しているので考へてみるに、成立に争のない乙第二号証に原審並当審証人石川百合松、富田秀就、原審証人岩尾卓二の各証言、原審並当審被控訴本人尋問の結果を綜合すれば当時財産税が不明であつた為取得税を合せて一応金三万円と見積りこれを控訴人が被控訴人に対し支払へば本件畑四筆の所有権移転登記手続をなし、後日財産税額が判明次第清算すること、若し控訴人が右金員を支払わない場合は該不動産の所有権は控訴人に返還しないことに確定する旨約した事実が認められ右認定に反する部分の原審並当審控訴本人尋問の結果は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。而して成立に争のない甲第六号証に原審証人永井栄八、前示富田秀就の各証言に原審並当審控訴本人尋問の結果を綜合すれば控訴人は昭和二十一年六月末頃金三万円を調達してその長男富田秀就と共に被控訴人方へ持参し受領を求めたところ被控訴人は税額は三万五千円であると言いだし、更に一、二日後三万五千円を持参提供したところ今度は税額は四万円であると言つて受取らぬ為控訴人等は更に四万円を持参提供して税額につき納得のゆく説明を求めたがこれをしない為四万円を供託すると云うと供託ではいけないというので、被控訴人の真意を測りかねこれを持ち帰り同年八月二十七日山口市の小河弁護士に被控訴人に対する該畑四筆の所有権移転登記手続請求の提訴方を依頼するに至つた事実が認められ右認定に反する部分の当審証人石川百合松の証言、原審並当審被控訴人尋問の結果は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。然るに成立に争のない乙第三号証に当審控訴本人尋問の結果によると昭和二十三年三月十三日被控訴人から控訴人に対し右財産税額等金三万円を同月末日限り支払うべく若し支払なき場合は本件畑を自由処分する旨の催告がなされたが、控訴人は前叙のように既に小河弁護士に訴の提起方を依頼した後である為右催告に対する措置を同弁護士に相談したところ訴訟で解決すべき問題であるとのことで遂にこれを履行しなかつた事実が認められ右認定に反する部分の前示石川百合松、被控訴本人の各供述は信用しない。然らば前段認定のように被控訴人は控訴人が約旨の三万円及び被控訴人要求による三万五千円、四万円を持参して提供をなしたときこれを拒みその都度受領遅滞の状態にありながら既に控訴人が被控訴人の受領拒否によりその真意を測りかね弁護士に訴提起を依頼した後になつて前示の履行催告をなしたのであるが、右の様な場合被控訴人は先づ右増額要求部分を撤回して当初の三万円を確しかに受領する旨の意思を表示する等受領遅滞を解消させるに足る措置を講じた上右三万円の請求をしなければならないのに漫然これが支払のみを請求したのであるから斯様な請求は契約解除の前提としての催告としては信義則に反し無効のものと謂わねばならない。従て財産税、取得税と引換へに本件畑四筆の返還を約した当初の契約は未だ存続するものと謂うべく、此の点につき被控訴人は本訴において右契約解除の意思表示をなしたが前叙の如く履行催告が無効である以上右契約解除も効力を生ずる謂われがない。然るに本件畑四筆が農地であることは当事者間に争がないからその所有権の移転には所轄山口県知事の許可を要するところ本件口頭弁論の全趣旨によると前示契約に際し本件当事者間では明示的に知事の許可を条件としていないが本件畑四筆の所有権移転の効力発生を右許可にかからしめる約旨である消息は十分に窺い得るから右所有権移転は山口県知事の許可を条件としたものと認めざるを得ない。而して成立に争のない甲第五号証に当審証人有田孝重の証言を綜合すれば別紙第一、二、三目録の各不動産につき被控訴人の支払つた確定財産税並取得税の合計は金一万七千二百七十一円となること明白で(右認定に反する乙第一号証、甲第二号証の記載内容、原審証人磯部泰信の証言は信用しない)あるから前記山口県知事の許可を条件として被控訴人は控訴人に対し右金員を受取ると同時に別紙第一目録記載の畑四筆につき売買に因る所有権移転登記手続をなすべき義務あるものと謂わねばならない。

果して然らば控訴人の本訴請求は全部正当であるからこれを認容すべく、右と異り控訴人の本訴請求を棄却した原判決は取消を免れないから民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文のように判決した。

(裁判官 植山日二 佐伯欽治 松本冬樹)

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